文明再興のマニュアル『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』

7月 2nd, 2015
[`evernote` not found]
Facebook にシェア


核戦争や感染症のパンデミックといった災厄によって人類文明が滅びたあと、いかにして文明を再興するか? 個人や小集団による無人島でのサバイバルというのではなく、現代文明(とまではいかなくても前近代程度には)の再興は数多くの作品や思考実験のテーマになってきた。
映画『マッドマックス』のように、九九も言えなさそうな奴らが改造車で「ヒャッハー」と走り回る期間はしばらく続くかもしれないけど、何とか文明再興に向けて人々が歩み出そうとすると信じたいところ。
文明再興がテーマの作品として一番有名なSFは、たぶんアイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズだろう。銀河帝国が滅亡後に訪れると予想される数万年の暗黒時代。その暗黒時代をわずか(!)1,000年に短縮するため、科学者ハリ・セルダンは「銀河の端」にファウンデーションと呼ばれる機関を設営し、人類の知識を集積した銀河百科事典の編纂事業を開始する。しかし、ファウンデーションの真の役目とは……というストーリー(ファウンデーションは、死ぬまでに一度は読むことをオススメする)。
最近の作品では、小川一水の長編シリーズ『天冥の標』(これも超オススメ)が文明再興を大きなテーマの1つとしている。

未来ではなく現在の時点で大災害が起こり、人類の大半が死亡。1万人程度の小集団が何とか生き残った場合、はたして文明の再興はできるのか、できるならば具体的にどうするのかを思考実験したのが、ルイス・ダートネルの『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』
専門家ではない人々が破壊を免れた現代文明のわずかな遺産と書籍の情報を元にして、どうやって食料その他の調達など当面の生き残り策を実行するのか、そして農業、衣服や医薬品の製造、さらには輸送機関や化学工場の建造まで実現するのかを解説している。
文明再興をテーマにすることで、これまで人類が何千年もかけて試行錯誤を重ねてきた過程をビビッドに追体験できる仕掛けだ。
自分が文明再興を担うつもりになって読むことで、農業や工業といった人間の営みの本質がとてもよくわかる。

農業とは、僕らが作物として選んだ植物の生活環のうち、ある一段階を利用することに過ぎない。多くの植物は、その構造の特定の部位を変化させて、取り込んだ太陽エネルギーの倉庫して機能させ、翌年に植物そのものを使うか、次の世代であるその種のための遺産にしている。(p.74)

今までの科学史をなぞっているだけではないのもポイント。

現代の冷蔵庫はほぼすべて、電動の圧縮機を使って冷媒ガスを凝縮させている。冷媒を〔圧縮して〕液体に戻し、再び蒸発させて庫内からまた熱を取り除かせるのである。しかし、これに代わる方法もある。(中略)過去の歴史においては、コンプレッサーと球種冷却の設計はどちらも同時代に開発されたが、コンプレッサーと球種冷却の機種が商業的に成功を溶け、いまでは大多数を占めている。これはおおむね、新興の電力会社が電気の需要を伸ばそうと熱心に推進した結果なのである。したがって、今日、吸収式の冷蔵庫がほとんど見られないのは、設計そのものが本質的に劣っているからというより、偶然による社会的または経済的要因に帰するところが大きい。市場にでまわる製品は、製造会社が最も高い利幅で売れると考えるものなのであり、その大半はたまたますでに存在したインフラしだいなのだ。(中略)大破局後に復興する社会は、その発展において異なった経路をたどる可能性が大いにある。(p.105)

復興する文明は、複雑な電磁方程式を導かなくても、精密な電子部品を製造する能力がなくても、無線通信ならば身近にあるものからすばやく再開できると確信をもってよい。(p.241)

自分の居場所を正確に示すために必要な座標展の二番目の数字、経度は、あいにく非常に手強い。(中略)経度の問題は最終的に、適切な時計を開発することで解決した概要の縦揺れにも横揺れにも影響されず、数カ月から数年におよぶ航海のあいだ十分に性格に動きつづけるものだ振り子や錘式では、航海用の時計としては役に立たないので、これら双方の機能の代わりとなったのがぜんまいバネだった。(中略)十八世紀初頭に遭遇した問題は、現地時刻を知ることはできても、グリニッジの現在の時刻を遠くで知るすべがなかったことだった。(中略)だが、広大な距離に信号を送るための、それよりはるかに実際的な方法を、僕らはいまでは知っている。無線だ。(p.287)

その他、興味深い箇所のメモ。

石炭の問題点は、木炭ほど熱く燃えない点だ。石炭はかなり汚い燃料でもある。石炭の煙は、パンなりガラスなり、その熱を利用してつくる製品を汚すほか、硫黄系不純物は鋼鉄を脆くして、鍛造しにくくさせる。〔注〕したがって多くの点、木炭は石炭よりも優れた燃料であり、決してただの過去の遺物として考えるべきものではない。(p.118)

しかし、ローマ帝国の交易力および海軍力を築くのに本当に役立ったのは、セメントのもう一つの、ほとんど魔法のような特性だった。それは、ポッツォラーナもしくは砕いた焼き物でできたコンクリートが、完全に水没しても固まっていることだ。(中略)ローマ人は自立式構造物を建設するために海にじかにコンクリートを流し込み、桟橋、防波堤、護岸、東大の土台などを建設できるようになったのだ。この技術によって彼らは、アフリカの北海岸のように、自然の港がほとんどない地域でも、軍事上または経済上の理由から必要になれば、港の建設が可能になった。こうして、ローマの船は地中海を支配するようになったのである。強力なセメント、万能なコンクリート、防水効果のある漆喰に関するこのきわめて重要な知識は、ローマ帝国の崩壊とともに歴史のなかにほとんど埋もれてしまった。(p.140)

私たちにとって当たり前のもの、例えばセメント1つとっても、天才的なひらめきや先人達の試行錯誤からできているわけで(近代になるまで科学的な原理が理解されていたわけではない)、その積み重ねによって文明が成り立っているのかと思うとめまいがする。
この本をベースに、中高生向けの副読本とか、コミック、アニメなんかを作ればけっこう面白いものができあがるんじゃないだろうか。

Leave a Reply

Comments links could be nofollow free.